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福岡地方裁判所甘木支部 昭和59年(ワ)10号 判決

原告 具嶋浩一

右訴訟代理人弁護士 稲村晴夫

同 馬奈木照雄

同 下田泰

同 三溝直喜

被告 甘木市

右代表者市長 塚本倉人

右訴訟代理人弁護士 国府敏男

主文

一  被告は、原告に対し、金二三四万一三〇二円及びこれに対する昭和五九年二月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを八分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一九五八万一六〇〇円及びこれに対する昭和五九年二月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、昭和五二年三月当時甘木市立甘木中学校(以下「甘木中学」という)。三年四組に在籍する者であり、訴外矢野俊次(以下「矢野」という。)は、当時同中学校技術科教諭である。

2  事故発生の経緯

(一) 矢野は昭和五二年三月三日、甘木中学三年三組、四組男子の五時限めの技術科の授業を担当していたが、生徒からの授業時間をレクレーションに変更して体育をやらせてほしいとの希望を受け、当時すでに技術科のカリキュラムが終了していたこともあり、気分転換の意味からも技術科の時間をレクレーションに変更し体育をやらせることにした。

(二) 生徒らは、校庭でバレーボールを使用してラグビーにルールの良く似た球技(芳野式トライボール)を始めたが、矢野は、しばらくこれを見ていたものの間もなくして校舎内に戻った。

(三) その後しばらくしてボールをかかえた相手方チームの生徒を原告と訴外飯田克宣(以下「飯田」という。)が左右から追いかけていき追いついた瞬間ボールをかかえていた生徒がしゃがんだため原告と飯田が激しく衝突し飯田の額が原告の顔面を強打し、原告は、左眼窩底骨折の傷害を受け、そのため左眼球運動に障害を生じ、左眼上転が著明に障害され、上方視、下方視時に複視を生じる後遺症が発生している。

3  責任

(一) 矢野の安全配慮義務

(1) 本件事故は技術科の正規授業の担当教師である矢野が許可を与えて、体育の授業に切り換えた授業時間中に発生したものであり、担当教師は正規の授業におけると同様の十分な安全配慮義務を負う。

(2) 矢野の安全配慮義務の具体的内容

(イ) 矢野は、授業内容を体育に変更した以上、生徒が、高校受験を目前にひかえ、またラグビーみたいなものをやりたいと申出るなど解放感を抱き易い状況にあることを予測していたのであるから単に危くないように注意するだけでなく生徒の解放的になりがちな気分を抑制し、危険な競技や行為をすることがないよう生徒から申出のあったラグビーの禁止を徹底するとか体操服に着替ることを徹底し、審判をきちんと決めるといった具体的な注意を与え、それを生徒に十分徹底するべきであった。

(ロ) 矢野は、生徒達がラグビーをするかもしれないことを予測できたのであり、ラグビーという競技が相手方の選手と激しく接触したり衝突することが多く、中学生には危険な競技であることを認識していたのであるから、生徒の動向や競技を常に監視し、危険な競技や行為をする場合には、直ちにこれをやめさせることができるよう現場にいて指導監督すべきであった。

(ハ) 矢野は、生徒がラグビーを始めたのを見ていたうえ、前記のようなラグビーの危険性を認識していたのであるから、直ちにこれを中止させるべき義務がある。

(3) 訴外矢野は右(イ)ないし(ハ)の安全配慮義務を怠り、その結果本件事故が発生した。

(二) 被告の責任

被告は、甘木中学の設置であり、被告の使用者たる矢野が前記のような安全配慮義務を怠り本件事故をひきおこしたのであるから被告は、原告に対し不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償責任を負う。

4  損害

(一) 治療費 金二〇万六二六二円

原告は、本件事故により昭和五二年三月三日から同月一四日まで福島外科医院に入院し、同月四日から昭和五三年一月まで井上眼科医院に通院し、さらに左眼治療のため同月から昭和五六年一〇月一二日まで九州大学医学部付属病院に通院し、このうち三四日間入院した。この間の治療費として二〇万六二六二円を要した。

(二) 付添看護費 金三万六〇〇〇円

原告の母洋子は、昭和五二年三月三日から同月一四日まで一二日間原告に付添看護しており、付添看護費は一日あたり三〇〇〇円が相当であるから合計金額は、三万六〇〇〇円となる。

(三) 入院雑費 金二万七六〇〇円

原告は、前記のとおり合計四六日間入院しており入院雑費は日額六〇〇円として合計二万七六〇〇円となる。

(四) 逸失利益 金一五一四万八〇〇〇円

原告は、前記後遺障害のためその労働能力の二〇パーセントを喪失したものであるところ、二二才から六七才までの就労が可能であり、昭和五六年賃金センサス第一巻第一表による産業計全労働者の年収入三一〇万五二〇〇円を、昭和五九年度産業計全労働者収入として一・〇五倍し更にホフマン式計算により年五分の割合で中間利息を控除するとその逸失利益は一五一四万八〇〇〇円となる(但し一〇〇〇円未満切り捨て)。

(算式)

310万5200円×20/100×23.231=1514万8749円

(五) 慰謝料 金三〇〇万円

原告が本件事故による傷害後遺症のために受けた肉体的精神的苦痛を慰謝するためには三〇〇万円が相当である。

(六) 損害の填補 金五三万六二六二円

原告は被告から治療費として二〇万六二六二円廃疾見舞金として三三万円を受領したので右損害の一部に充当する。

(七) 弁護士費用 金一七〇万円

原告は、本件訴訟の追行を原告訴訟代理人らに委任し、その報酬及び費用として一七〇万円の支払いを約した。

よって、原告は、被告に対し、不法行為又は債務不履行に基づき右損害合計一九五八万一六〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五九年二月二八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実について、(一)は認める。(二)は否認する。なお、矢野は生徒が三組、四組ごとにサッカーを始め、その競技が順当に進行していたのを見定めてから、全員が参加しているかを確認するため校庭を離れたものである。(三)のうち、原告の左眼球運動に障害を生じ、左眼上転が著明に障害され、上方視、下方視時に複視を生じる後遺症が発生していることを否認し、その余の事実は認める。

3  同3の事実は否認する。

なお、矢野は、生徒に対し、四組の総務委員田代繁雄を通じ、生徒全員が参加すること、全員体操服に着替えること、不真面目な行動をしないように注意し、また、校庭に整列した生徒に対し、サッカーかドッジボールをすること、不真面目な態度で競技をしないことを指示し、さらに、前記のとおり、生徒がサッカーを始め、競技が順当に進行していたので校庭を離れたものであり、矢野は中学三年生に対する授業の指導上充分な注意義務をつくしたもので、しかも、サッカー等の球技は、一種の格闘技といっても過言ではなく、正常な競技の進行中において、その競技の性格上、身体の接触、衝突等はさけられないから、仮りに、矢野が校庭にいたとしても、これを未然に防止することは到底不可能であり、かつ、前記した事実関係からすれば、矢野としては、四組の生徒が無断でラグビーを行うことは到底予測できない状況にあったと言わざるを得ず、矢野には過失はなく、従って、その使用者である被告にも賠償義務はない。

4  同4の事実について、(六)の事実は認め、その余の事実は否認する。

三  抗弁

過失相殺

前記二3記載のとおり、矢野は、サッカーかドッジボールをするよう指示し、原告を含む三年四組の生徒は、当初サッカーをしていたが誰かがふざけてトライボールを始めたのにつられて、そのルール、技術、方法を十分身につけていないにもかかわらず原告もこれに参加し、あるいは当初より全員がしめし合わせて矢野が校庭を離れたらトライボールを行なおうとし、さらに原告はみずからラインを引くなどの積極的行為に出たうえ実際にやられたトライボールも一種のゲーム的なもので安全配慮の面を欠くなど真面目に競技をする様子のうかがわれない状態での事故であるから原告には過失がある。

四  抗弁に対する認否

全て否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  当事者

請求原因1の事実については当事者間に争いがない。

二  事故発生の経緯

1  請求原因2の(一)の事実及び同(三)の事実のうち、原告の左眼球運動に障害を生じ、左眼上転が著明に障害され、上方視、下方視時に複視が生じる後遺症が発生していることを除き、当事者間に争いがない。

2  そこで、同2の(二)の事実について判断するに、《証拠省略》を総合すればこれを認めることができる。《証拠判断省略》

3  次に、同2の(三)の事実のうち、原告の左眼球運動に障害を生じ、左眼上転が著明に障害され、上方視、下方視時に複視が生じる後遺症が発生していることについて判断するに、《証拠省略》を総合すればこれを認めることができる。

三  責任

1  被告は、生徒たちの心身の発達に応じて中等普通教育を施すという目的達成のため、公立中学を設置し生徒を在学させるものであるが、この在学関係は、右目的のため一定の管理作用を伴うものである以上、管理をなすべき被告は、被管理者たる生徒の生命、身体、健康について、右管理作用に付随する義務として信義則に基づく安全配慮義務を負うものであり、教師も授業等の教育活動の場において直接生徒の安全を配慮すべき義務を負うものと解され、右の在学関係は、私法上の契約により生ずる私立学校の在学関係と異なるものではないから、公立学校における右安全配慮義務違反も債務不履行責任として考えられ、教師の安全配慮義務違反は、履行補助者の過失としてとらえられる。

2(一)  安全配慮義務の具体的内容は、具体的状況により異なるものであり、その義務の程度も具体的状況に左右されるものであるところ、前記認定事実のとおり、本件事故は、中学三年生の三月で高校入試を目前に控えた時期に技術科の授業を生徒達の希望もあって気分転換の意味も兼ねてレクレーションに変更して体育をやらせるなかで発生したものであり、正規の体育の授業と異なり、生徒が解放的な気分でスポーツを行なうものであるから事故等の発生の危険があると思料される。

(二)  《証拠省略》を総合すれば、あらかじめ、生徒の代表を通じてラグビーみたいなものをやっていいかとトライボールをすることについて、矢野の了解を求めたが、矢野がこれを禁ずるような言動に出てないことが認められ(る。)《証拠判断省略》従って、矢野は生徒がラグビーないしこれに類するスポーツをやろうとしていることを認識していたことが認められる。

(三)  《証拠省略》によれば、ラグビーは中学校学習指導要領に掲げられていないが、これは、ラグビーが心身の発達過程にある中学生にとってタックル等の危険なプレーがあるため十分な事前準備と適切な指導者の監督下でなされるべきスポーツであると思料される。従って、矢野としては、十分な事前準備や適切な指導者を置かない以上、ラグビーないしはこれに類するスポーツをやらないよう、これを禁じるとともに、単に危くないように注意するだけでなく、行うべき競技を指定し、審判を決めるなど具体的な注意を与え、生徒にこれを徹底させるべきであった。

(四)  《証拠省略》によれば、当日のレクレーションには三名ほど出てない人間がいたこと、体操服に全員が着替えたわけではないこと、正式の審判を決めておらず、注意としては、単に危くないように生徒に告げるだけで、サッカーかドッジボールをやるように指示してないことが認められ(る。)《証拠判断省略》従って、矢野は前記した具体的な安全配慮義務を怠った結果、本件事故が発生したと認められる。

3  前記認定事実のとおり、矢野は被告の使用者であり、被告の安全配慮義務の履行補助者であり、被告は原告に対し、右履行補助者の安全配慮義務違反の債務不履行責任を負う。

四  損害

1  治療費 金二〇万六二六二円

《証拠省略》によれば、原告は、本件事故の日である昭和五二年三月三日から同月一四日まで福島外科に入院し、同月四日から昭和五三年一月まで井上眼科に通院し、さらに、同月から昭和五六年一〇月まで九大付属病院へ通院し、うち三四日間入院しており、右治療費として合計二〇万六二六二円を支出したことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

2  入院雑費 金二万七六〇〇円

原告が、本件事故による傷害のため福島外科へ一二日間、九大付属病院へ三四日間の合計四六日間入院したことは、前記認定のとおりで、その間入院雑費として少くとも一日当たり金六〇〇円、合計二万七六〇〇円を支出したことは容易に推認されるところである。

なお、原告主張の付添看護費については、これを認めるに足りる証拠がない。

3  逸失利益 金五六六万〇〇四七円

《証拠省略》を総合すれば、原告は、左眼上方視、下方視の際に複視が生ずることにより、読書の際にも眼球を動かすのでなく頭を上下し、また食事の際にも首をかしげて食べなければならないという日常生活を余儀なくされており、このため肩のこりが激しく眼が疲れやすいという症状が生じており複視については回復の見込みがないこと及び原告は、昭和五二年四月朝羽高校へ入学し、同五五年三月久留米大学商学部に入学し、同五九年三月同大学を卒業後直ちに金文堂書店に就職し、現在本棚に本を補充する業務に従事していることが認められるのであるが、将来における職種の変更により受けると予測される不利益を考えれば、原告は、前記後遺症により労働稼動全期間にわたって稼動能力の七パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。

原告は、昭和三七年三月二一日生まれであり、平均的稼動可能年令である満六七才までの四五年の稼動が予測されるのであり、その間平均して昭和五九年賃金センサス第一巻第一表による産業計企業規模計年齢計全労働者平均年収額である三四八万〇六〇〇円を下らない額の給与を得ることができたものと予測される。

そこで、以上に基づいて新ホフマン方式によって、年五分の割合による中間利息を控除することとして逸失利益を算出するとその算式は、次の通りとなり金額は、五六六万〇〇四七円となる。

算式

348万0600円×23.231(新ホフマン係数)×0.07=566万0047円

4  慰謝料 金八〇万円

前記認定の傷害の部位・程度、後遺症の程度その他本件に顕れた諸般の事情を総合すると本件事故によって原告が受けた精神的肉体的苦痛に対する慰謝料として八〇万円を認めるのが相当である。

5  過失相殺

《証拠省略》を総合すれば、原告ら生徒が事故当時行っていたトライボールは、考案者である芳野和幸の定めていたルールと比べて腰から下のタックル禁止を無視する等安全配慮の点で欠けていたものであること、原告らは、トライボールがフットボールやラグビーに似た危険なスポーツであることを知りながら、レクレーションの一環として行なわれるということで審判を決めたりすることもなくけがのないように真面目に取組んだ様子が認められないこと、原告は、ラインを引くなどして積極的にトライボールをやろうとしていたことが認められるのであるから原告のこれらの事情を矢野の過失の認定の際考慮することとし過失割合として矢野が四割原告が六割とするのが相当であると判断する。

以上の右1ないし4の損害合計額は、六六九万三九〇九円となるところ、前記のように本件事故発生に到る原告自身の過失として六割を過失相殺すべきであるから結局被告に請求できる損害額は二六七万七五六四円である。

6  損害の填補 金五三万六二六二円

原告が被告から治療費として二〇万六二六二円、廃疾見舞金として三三万円の合計五三万六二六二円の支給を受け、損害の一部を填補したことにつき当事者間に争いがない。

7  弁護士費用 金二〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告が原告代理人に本件訴訟の提起・追行を委任したことが認められるところ、本件事案の性質、事件の経過、認容額に鑑みると、被告に対し賠償を求め得る弁護士費用として二〇万円が相当である。

五  結論

よって、被告は、原告に対し二三四万一三〇二円及びこれに対する昭和五九年二月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松下潔)

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